【頑なに語られない離婚理由】小泉純一郎氏の元妻・宮本佳代子さん33年の沈黙を破り単独インタビューに応じる!複雑な家庭ながら孝太郎・進次郎・佳長3人の子はすれる事なく真っ直ぐに成長

 小泉純一郎元首相(74)の元妻、宮本佳代子さん(60)が長年の沈黙を破ってシニア向け女性誌「いきいき」の単独インタビューに応じた。佳代子さんは1978年にお見合い結婚し、俳優の小泉孝太郎さん(37)、小泉進次郎衆院議員(34)を出産。結婚生活は5年もせずに破綻し、息子2人を残して小泉家を去った。当時、妊娠6か月だった三男の宮本佳長(よしなが)さんが結婚したことや、自らが還暦を迎えたのを機に重い口を開くことになったようだ。

インタビューでは、「生き別れ」に近い状態が続いてきた2人の息子に対する思いや、ゼロどころではなく「マイナスからの人生」としてスタートした離婚後33年間の歩みを振り返っている。

■妊娠6か月で離婚、「胎教としては最悪な状況」で出産

インタビューが掲載された「いきいき」は、書店では買えない直販制で、日本雑誌協会によると、部数は21万部を誇る。2016年4月号が3月5日頃に購読者に届き始め、J-CASTニュースも入手した。佳代子さんの特集は6ページにわたって掲載されている。

佳代子さんは大学4年生だった1977年に純一郎氏とお見合いし、その当日にプロポーズを受けた。すでに純一郎氏は衆院議員に当選しており、「政治家の世界は何も知らないでいい」と伝えられたという。78年に結婚してからは2回の選挙を経験。だが、佳代子さんが27歳だった82年に離婚。翌83年に「胎教としては最悪な状況の中」で佳長さんを出産した。佳代子さんは当時を「いちばん辛く悲しい時期で、一生分ぐらいの涙を流した気がします」と振り返っている。

出産から半年足らずで三井不動産のグループ会社に入社し、1か月間の猛勉強で宅地建物取引主任者(現・宅地建物取引士)に一発合格。不動産業界でキャリアを積み重ねてきた。当時は離婚した女性への世間からの風当たりは強かったが、佳代子さんは

「父親が有名でも、あなたとは関係ない。あなたの母はいちサラリーマン。勘違いしないで生きていきなさい」

と佳長さんに言い聞かせながら子育てに臨んだ、としている。

佳代子さんによると、佳長さんは「目が細くていちばん父親似」で、孝太郎さんは目が大きく「いちばん母親似」。進次郎さんは「ちょうど中間の顔」だという。
インタビューでは、「生き別れ」になっている孝太郎さんと、進次郎さんの性格やエピソードは語られていないが、2人のメディア露出が増えたことから「今では、毎日会っているような気がします」と話している。

また、離婚からの年月を、佳代子さんは
「いっぱい涙を流したから、人の痛みがわかる人間になれたと思います。人は生きている限り進化できるのではないでしょうか」

と振り返っている。
宮本さんは2015年、講演で自らの人生を語り始め、女性セブン3月17日号でも内容の一部が紹介されるなど、注目が集まっているが、単独インタビューに応じるのは今回が初めて。J-CASTが「いきいき」編集部にインタビューが実現した経緯を取材すると、

「編集長が10年以上前に宮本さんと知り合い、インタビューを依頼してきましたが、断られ続けてきました。今回は60歳になられたことをきっかけに心境の変化がおありだったようで、何とかお引き受けいただいた次第です」
とコメントが返ってきた。佳代子さんは必ずしもメディアの露出には乗り気ではなかったようだが、「いきいき」の説得に応じてインタビューに応じたようだ。

離婚時にきちんとしたお約束をしているからか離婚事由に関しては頑なに語る事はなさらない小泉純一郎元首相の妻だった宮本佳代子さん。

しかし妊娠6ヶ月で家を追い出されるとは…壮絶ですね。しかも上2人の兄弟とも生き別れの状態。

可愛い盛りの子ども達を置いて家を出るとはどれ程辛い事でしょう。身を裂かれる思いだったに違いありませんし、一般家庭で育った私なんかには想像もつかない事です。

2人の離婚理由については様々な憶測が流れています。

宮本さんが単独インタビューで語られているように結婚当初から「政治家の世界は何も知らないでいい」と伝えられたと言います。

当時の小泉氏は周りを親族だけの血の結束で固め、その中で宮本さんが孤立して行ったのでしょう。一説には宮本さんと小泉氏の姉妹の不仲から、小泉氏が自身の姉妹達をとったと言われています。

嫁に味方し姉妹に見離されては選挙が出来なくなりますからね、政界に身を置く小泉氏にしてみれば嫁よりも政治をとったのでしょう。

この時小泉氏が「君子、去る者は追わず、来る者は拒まず、だな」と冷たい一言を放ったとも言われています。

離婚は2人や家族の問題ですが、一番の犠牲者は子ども達。

2人の間には当時孝太郎さんと進次郎さん、そして宮本さんのお腹の中には三男にあたる佳長さんが居ました。

この3人、こんな複雑な家庭において真っ直ぐスクスクと育ちます。

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長男・孝太郎は俳優として芸能界へ。次男・進次郎は父の跡を継ぎ政界へ。三男・佳長は不動産業へ

3人の母・佳代子さんもエスエス製薬元会長泰道照山の孫娘、泰道三八の姪であります。やはり家系が良くなくては小泉家の嫁にはなれないようです。

長男・小泉 孝太郎(こいずみ こうたろう、1978年7月10日 – )は、日本の俳優、タレント。神奈川県横須賀市出身。愛称は孝太郎、こうちゃん、こいちゃん、こたろうなど。イザワオフィス所属。

実父は第87・88・89代内閣総理大臣・小泉純一郎、実弟は政治家・小泉進次郎

父・純一郎が内閣総理大臣になると、「小泉総理の長男(孝太郎)はかなりのイケメンらしい」という評判や前述のオーディションへの応募経験が公になり、芸能人志望であった孝太郎を、その話題性から複数の芸能事務所が獲得に動き、イザワオフィスと契約。すぐにCM契約が決まる。

かなり順風満帆な芸能生活のように見えますが、やはり最初は親の七光りに随分悩んだそうです。

次男・小泉 進次郎(こいずみ・しんじろう)

誕生日…
1981年4月14日
血液型…
AB型
[ 経 歴 ]
昭和63年4月…
関東学院六浦小学校入学、
以来中学・高校・大学と関東学院で過ごす
平成16年3月…
関東学院大学経済学部卒業
平成18年5月…
米国コロンビア大学大学院政治学部修士号取得
[ 職 歴 ]
平成18年6月…
米国戦略国際問題研究所(CSIS)研究員
平成19年9月……
衆議院議員小泉純一郎秘書
平成20年10月…
自由民主党衆議院神奈川県第11選挙区支部長
平成21年9月…
衆議院議員
平成25年9月…
内閣府大臣政務官・復興大臣政務官
平成27年10月…
自民党 農林部会長
[ 自己紹介 ]
趣味…
野球、サーフィン、ゴルフ、読書、落語
尊敬する人物…
ジョン・F・ケネディー
好きな言葉…
「意志あるところに道はある」
長所…
ポジティブなところ
短所…
涙もろいところ

彼のプロフィールを見るととにかくお兄ちゃん孝太郎にくっついていてお兄ちゃんこである事が分かります。

小さい時は孝太郎さんもそんな弟をうとましく思う事もあったそうですが今は大の仲良し。

  
  

お誕生日を一緒に過ごしたり、共通の友人であるムロツヨシさんと一緒に年を越したり。

進次郎さんは孝太郎さんをおにいと呼んで慕っています。

三男・宮本佳長(みやもと よしなが)

1981年(昭和56年)4月生 –

母佳代子と同じ宮本姓を名乗っている。「妊娠六ヶ月で離婚された佳代子が一人で三男を産むと、小泉側は親権を主張し、家裁での調停に持ち込まれた。その結果ようやく佳代子が三男を引き取ることができた。三男が「父親と二人きりで会いたい」と涙ながらに小泉事務所に電話で訴えてきたことがあったが、その話を秘書官の飯島から伝え聞いた信子は「血はつながっているけど、親子関係はない」と冷たく言い放った」という。

三男は中学卒業後にアメリカ・テネシー州の高校に留学。帰国後は京都の私立大学に通い、中国語を学んだ。しかし、この間も父や兄に会うことは一度もなかった。2010年末、東京・赤坂にあるレストランのカウンター席に父と3人の息子の4人が並んで食事を楽しんでいた。2013年末には絶縁状態だった三男の結婚式に父・純一郎とその息子たちも出席した。

写真真ん中が三男・佳長さんです。

PAS個別予備校院長の浅葉氏が佳長さんの大学受験の指導をしていたようでホームページには写真も載っています。

佳長さんは生まれてからずっと父・純一郎氏、孝太郎進次郎兄弟とも会った事がなかったんだそう。

転機が訪れたのは純一郎氏の政界引退。

この時、純一郎は全てを跡継ぎである進次郎さんに譲り、今まで会わせていなかった三男佳長さんに会う事も「好きにして良い」と許可を出します。

そして進次郎さんが中心になり3人の兄弟は初対面。その後三男には会わないと言っていた純一郎氏も交え、佳長さんも父親に初対面出来ました。

佳長さんは純一郎氏を「お父さん」と呼び、純一郎氏は照れていたそうです。

母である宮本さんもインタビューの中で佳長さんが結婚した事を明かしていますが、この結婚式には純一郎氏も出席。

ついに親子5人顔を合わせ、感動的な式になったそうです。

父に会いたい一心から電話をしても純一郎氏の姉信子さんに冷たい一言を言われて拒否。

深く傷付いた事でしょうが、それでも父を憎んだ事は一度もないという佳長さん。お母様である佳代子さんの教育が良かったのでしょう。

また、孝太郎・進次郎兄弟も幼い頃に母との別れを経験し、傷つきグレてもおかしくないような状況の中でも真っ直ぐに育って来ました。

これもまた父、純一郎氏が愛情をかけて育てた賜物と言えるでしょう。

まぁ上2人がなかなか結婚しないのは幼い頃の記憶から結婚生活に憧れがない、父のような結婚はしたくないと思っているからかもしれませんが。

道は違えど各界で活躍する3人。良いニュースでまた世間を賑わせて欲しいと思います。

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