【変わり過ぎぃ!】巨人時代の元同僚の野村貴仁の現在の姿が話題に!あまりの変わり様に清原容疑者よりもそちらの方が気になる!

 元プロ野球選手でタレントの清原和博容疑者(48)が覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕された事件で、巨人時代の同僚(47)が現役時代の覚醒剤使用について「チームメートもみんな知っていた」と衝撃の証言をした。8日放送のフジテレビ系情報番組が報じた。この元同僚は2006年に同法違反(使用)容疑で逮捕=有罪確定=されたが、現役時に清原容疑者と球場で薬物のやり取りをしていた可能性も浮上した。

清原容疑者がいつごろから薬物にハマっていったのか…。重要証言が、巨人時代の同僚選手から飛び出した。

この元同僚が、8日放送されたフジテレビ系情報番組「直撃LIVEグッディ!」(月~金曜後1・55)の取材に応じる形で答えた。清原容疑者は97~2005年、元同僚は98~01年に巨人に所属していた。

この元同僚は2006年10月、高知市内で覚せい剤取締法違反(使用)容疑で逮捕された。同年12月に懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡され確定している。当時、清原容疑者は元同僚から覚醒剤を入手していたことが疑われて捜査線上に浮上したとされるが、逮捕には至らなかった。元同僚は同番組に対して、「自分は清原容疑者に対してクスリの仲介的なこともしていた」と明かした。

さらに、「清原容疑者が覚醒剤をやっていたのはチームメートもみんな知っている」とも証言。同番組は、覚醒剤の受け渡しが球場内でも行われていたと伝えた。

清原容疑者は元同僚の逮捕を非常に気にしていたようだ。元同僚は「逮捕された後、『オレのこと警察に言っていないよな』と清原容疑者が電話で聞いてきた」としている。

清原容疑者は99年に本塁でのクロスプレーで右膝の靱帯(じんたい)を損傷したり、02年には左脇腹と左太ももの痛みで2度も離脱したりと、巨人在籍時に大きな故障に見舞われた。覚醒剤に手を出したのは、その痛みを和らげるためとの見方も流れている。

薬物依存に詳しい精神科医でヒガノクリニックの日向野春総院長(74)は「覚醒剤は自分が幸せの中に浸っているような感覚になり、痛みはどこに行ったのという状態にはなる」と痛みを緩和する効果は認めつつ、「一般的に覚醒剤は集中力が増すと思われているが、実際には集中力は低下するので、選手としての成績には100%マイナスになる」と指摘する。

元同僚は巨人以前のオリックス在籍時から「グリーニー」と呼ばれる興奮剤の錠剤を外国人選手のすすめで使い始め、同僚選手にも分け与えていたと自身の公判で証言していた。疲労回復などの効果があり、コーヒーに混ぜて飲むことが多いとされるグリーニー。清原容疑者もこのグリーニーから、“覚醒剤のアリ地獄”にはまり込んだ可能性も指摘される。

日向野院長は「グリーニーは頭がぼやける程度なのに、胃腸に負担がかかる。効果が弱いからもっと効くクスリをということで、はまり込んでいく」と話している。

清原和博容疑者が逮捕されてから毎日新しい情報が出ていますね。

今回報じられたのは清原容疑者が巨人時代の元同僚と薬物のやり取りがあったのではないか、という話です。

これが事実ならば清原容疑者は現役時代から薬物を使用していたという事になります。で、あればこれまでの偉大な記録も薬物に頼っていたという事になり、球界は大揺れに揺れる事になるでしょう。

この情報元の巨人時代の元同僚、野村貴仁さんだと言われています。というかテレビにも証言者として出ていました。

そして野村貴仁元選手の現在の姿が話題となっています。

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変わり果てた姿…薬物の怖さを物語る

野村貴仁(のむら たかひと、1969年1月10日 – )は、高知県出身の元プロ野球選手(投手)。
2000年から2001年までの登録名は「野村 空生」(のむら たかき)。

高知県立高岡高校宇佐分校から三菱重工三原を経て、1990年度プロ野球ドラフト会議でオリックスブルーウェーブから3位指名を受け、入団。1年目から先発・中継ぎ・抑えとして起用され、1993年には史上2人目となる1イニング4奪三振を記録。1995年は抑えの平井正史に繋ぐセットアッパーとして37試合に登板し防御率0.98をマークし、リーグ優勝に貢献。1996年にもセットアッパーとしてリーグ優勝・日本一に貢献。特に1996年の日本シリーズでは読売ジャイアンツの若き主砲松井秀喜を抑えこみ手玉に取る活躍をみせた。

1995年12月、年俸でオリックス球団が提示する3900万円に対して、野村は6500万円を主張して折り合いが着かなかったため、1996年2月5日にパシフィック・リーグ初の参稼報酬調停を申請した。調停委員会は3月1日、オリックス球団の提示する3900万円を妥当な金額と認定し、野村の主張する6500万円を退けた。

1997年、シーズン通して好不調が激しく、チームが西武ライオンズとの競り合いに負け優勝を逃すとオフには、木田優夫との交換トレードで読売ジャイアンツへ移籍。巨人では当初抑えとして期待されたが、開幕から力こなしで抑えようとすればするほど痛打を浴びる場面が目立ち首脳陣からの信頼を失って以降は中継ぎとして起用された。2000年のシーズン前に登録名を「貴仁」から「空生」へ改名。2001年6月26日、札幌ドーム初の公式戦となる中日ドラゴンズ戦に登板、勝利投手になった。

2001年オフに巨人を退団したあと渡米し、メジャーリーグに挑戦。ミルウォーキー・ブルワーズに入団、2002年のシーズンは21試合に登板するも結果を残せず、マイナーリーグ降格などもあってそのシーズンのオフに解雇された。その後2003年に日本ハムファイターズ、2004年には台湾の誠泰コブラズに所属。現役引退後は地元である高知県へ戻った。

2006年10月31日、高知市内で覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕され、同年12月26日付で懲役1年6月・執行猶予3年(求刑・懲役1年6月)の有罪判決を言い渡された。この裁判の公判における供述によると、野村はオリックス在籍時に外国人選手から勧められてアンフェタミン系興奮剤の「グリーニー」に手を出し、同僚選手にも分け与えながらメジャーリーグ挑戦のためアメリカに渡るまで服用を続けていたという

  

  

選手時代からは想像もつかないような姿になっています。

現在のお仕事は分かりませんが、色黒で蓄えた髭には選手時代の面影は全くありません。

もしかしたら初対面の人に野球選手であった事を知られない為、変装の意味も込めて髭を伸ばしているのかもしれませんが、とにかく以前の野村元選手とは別人です。

これが薬物の怖さ。

人を変えてしまいます。

現在薬物の使用などはないと思いますが、再犯率が高いと言われていますので再び薬物に手を染めないよう、今のお仕事で頑張って欲しいと思います。
  

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